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『大学で、体育会でサッカーをする意味』 #41 牛丸裕貴

自分が大学1年生の頃、大学で、体育会でサッカーをする意味について聞かれても、明確な答えをもてていなかった。
 
「幼稚園からずっとサッカーを続けてきたから」
「サークルよりは、真剣にサッカーと向き合う体育会を選択したかった」
 
など、それらしい答えは思い当たるものの、到底プロサッカー選手になることには及ばない自分が、そもそもなぜ大学でサッカーをするのか、根本的な理由が不明でいた。
 
「サッカーは楽しむもの、楽しんで思い出になればいいか」
 
自分が、そのように捉え、何となく過ごしていた日々を、今思えば少し後悔している。
 
そんな自分が、大学2年生のとき、筑波大AD(体育局)のアドミニストレーター佐藤壮二郎氏による講演で考え方が変わった。
その講演は、都立大体育会所属の部員に向けて、主に大学でスポーツをする意味を考え、現状の自分達の部活動の在り方について振り返る為のものであった。
筑波大ADは、現在大学スポーツ界において、改革ニュースを発信し続ける特別な大学。
何か面白そうな話を聴くことができると思った。
 
講演会ではあったが、大学スポーツの改革に努める佐藤氏は、都立大体育会学生に対し、どんどん質問をされる印象だった。
冒頭、この講演のテーマであるといえる、
 
「なぜ大学で、体育会でスポーツをしているのですか?」
 
というド直球の質問に対し、
たしかあの時、当てられたのはアメフト部の男性と硬式テニス部の女性であったと思う。
彼、彼女らの考え方は、まさに自分と似ていた。
 
「サークルよりは、真剣にスポーツと向き合う体育会で、勝利をし、喜びや感動を得たかった。」
 
要約するとそのような答えであった。
勿論、誰もがそのように考えていると思った。競技としてのスポーツには、試合であったり、メンバー争いであったり、必ずしも勝敗が付き、皆が勝利を求めているからこそ、意義があるものだと。だからこそ、その勝利の為に辛いことがあっても努力を重ねられる。同感であった。
 
すると、その回答を待っていたかのように、すかさず佐藤氏は、
 
「じゃあ真剣にスポーツと向き合っても、1回戦で敗退するような弱小チームは、スポーツをする意味はないのか」
 
と、問いかけた。
 
この質問が、本当に印象的で忘れられない。
 
たしかに、競技としてスポーツをする以上、常に勝利を目指し、その為に様々な試行錯誤を繰り返し、努力を重ねる。
しかし、その目指していた勝利が得られなかったら何も意味がないのか、もっと言えば、勝利できてその瞬間に得られる喜びや感動が得られればそれだけでいいのか。
 
幼い頃からサッカー選手を夢みてサッカーを続けていた自分が大学生になった今、遊びではなく、競技としてサッカーをする目的とは果たして何なのか。
何となく、楽しければ、思い出になればいいと考えていた自分に、突き刺さる質問であり、本当に考えさせられた。
 
佐藤氏は、筑波大の考えを例として、このように話して下さった。
 
「プロの選手でさえ、競技人生は短い。
競技人生の為ではなく、それよりも遥かに長い競技をしない人生の為に、今スポーツをするのではないか。」
 
たしかにその通りだ。
競技人生を歩むことで、競技をしない人生に向けて必要な力をとことん育むことができる。
また、その成長こそがやがて貢献に繋がるものだと感じた。
当時の自分は目先のことしか見えていなかった。もっと長期的に、遠い未来のことを考えることができたら、勝利以上に重要なことに気づき、敗北や失敗だけにしか得られないものがどれだけ価値あるものであったか理解していたであろう。
 
都立大体育会サッカー部は、学生主体の運営であり、まさにうってつけの環境であると思える。
誰にだって、発言の権利があり、チーム理念に基づいていれば新たなアクションだって起こせる。そこから得られる多様性こそが、未来に必要な力だと強く感じた。
 
この講演会を機に、自分自身、部活動に対する考え方が少しずつ変化していったと思う。ここで行う活動、そこから生まれる経験の全てに意味があるものだと思って、取り組めるようになっていた。
 
大学3年生で主将を務めたときには、部員1人1人が、「大学でサッカーをする意味」その根本を理解して、自発的にアクションを起こせるきっかけであったり、そのモチベーションにさせることが、自分の役割だと認識していた。 
 
そして引退した今、ここでの活動全てが、本当に自分を大きく成長させてくれたと実感している。
 
現役部員も、この部を引退して、大学サッカーを振り返るとき、
単に
"楽しかった、楽しくなかった"
といったモノサシで振り返ってほしくない。
 
"自分を成長させてくれるものであったか"
"どんな部分を成長させてくれたのか"
といったモノサシで振り返ったときに、未来に向けて価値ある部活動であったと感じられる、そんな部活動であってほしい。
 
牛丸裕貴